夢見るピーターパン

下書きにしまっておいた2月17日の日記を唐突に晒す

 

 

後輩たちに夢の国に誘われた、ので行ってきた。迷惑かけているのでは?とハラハラしつつもこっそり合間合間に服薬したバスピン錠に助けられ、楽しい思い出を作ることができた。

クタクタになった私達はグリーン車で帰ることにした。楽しかったね、とか、当たり障りのない会話を小さな声で隣の席に座っていた後輩さん1としていた。その内突如として後輩さん1の口からこんな問が出された。

 

「その人とはどこで知り合ったんですか?」

 

『その人』とは私が成り行きで作り上げた架空の恋人である。アトラクションの乗車待ちの間に恋話になるというありふれた展開。彼女たちの現在の恋模様から話題の矛先は私に向かった。うろ覚えだけど、確か、(本名)さんは恋人と…あっ、とかそんな感じの。言葉を発した彼女も、その他の後輩達も、私が元恋人氏と別れたことを知っていた。ちょっとした言い間違いだったのだ。しかし私は強がりからその言い間違いに乗った。いるよ、と。すると後輩達は、ええっ、そうなんですか!?なんて驚いた。

本当だよ。本当なんですか。嘘だよ。どっちですか。

私の言葉にいちいち左右される姿が面白くて、虚しかった。どうしようもないなぁと呆れた。もちろん自分に。

本当に本当だよ。男の人?女の人。歳は?上、28歳だよ。ああ、それっぽい。それっぽいってなに(笑)眼鏡かけてる?かけてない、コンタクトレンズ。髪の毛の色は?少し明るめ。嘘だぁ。嘘だよ。だから、どっちなんですか。

その他の質問にもすぐさま適当に返し、『恋人』の骨組みが組み立てられていく。少しの事実も交えた。本当に本当に些細でどうでもいい事実。

問答をしているうちに乗車の時が来て、アトラクションが終わったと同時にその話題も終わった。うやむやな『恋人』の存在に頭をもやもやとした考えも後輩達の中から消えたか、どうでもいい情報となってもう話に出てこないだろう。だってきっと後輩達と会うのだってこれきりだ、嫌われている自分に彼女達との次回なんてないから。

 なんて考えていたのだが電車内であっさりとまた掘り返されて、先述の質問をされてしまった。

咄嗟にツイッターだよと返すと、後輩さん1は、ツイッターで?と眉をひそめた。うん。リプライでやりとりしてるうちに、ね。と言えば、ツイッターやってるんですか?(本名)で調べてみよ。と返しそして早速実行した。もちろん出てくるはずもなく、出てきたとしても表示された(本名)さんはただの同名であって決して私本人ではない。表示された(本名)さんはとてもきらびやかな生活を送っていて、同じ名前を持つ私は笑ってしまった。私がどんな人物か分かっている後輩さん1も笑った。ひとしきり笑いあったあと、後輩さん1に白状した。

「嘘だよ」

「嘘?どこまで?」

「まるきり全部」

事実も嘘に書き換えた。そうしてせっかく生まれた架空の『恋人』は本当に、消えた。存在しない者になった。

「あれよこれよと適当に言い返してたらめんどくさいことになっちゃったね。ごめん。他の後輩達にも嘘って伝えて」

席の右にある通路の先の、座席でスマホをいじる後輩さん2と、疲れて眠る後輩さん3に。

だが後輩さん1は言った。

「多分、嘘って言っても信じちゃうと思いますよ」

予見はしていたし、その時はその時。仕方ないので「それでもいいや。都市伝説ってことで」と返答した。

それから全く関係のない話をまたぽつぽつ話していた後、本当の元恋人氏の存在の話になった。どういう経緯でそうなったか覚えていないような、でも、目的駅に到着して目覚め下車して行く、一緒に夢の国に行ったグループの中で最も年齢の低い後輩さん3を見送ったのがきっかけだったような。

なんで別れたか。何を言われたか。何を言ったか。その後の元恋人氏のことをどう思っているか。後輩さん1は口外をしないし、電車の走る音で小さな声は後輩さん2に届いていないだろうと私は信じて、口下手なりに、吐き出せそうで吐き出したかった言葉を後輩さん1に吐いた。さすがに自棄になって自殺願望なしにしてもODして入院したことにより元恋人氏と元恋人氏の現彼女の関係が補完されたことは飲み込んだ。

ずるいと自覚していたが、私は短所が多かったし、随分振り回してしまったから4年間にたくさん疲れちゃったんだろうね、と改変して上のことも吐き出した。これから恋人を作ることもないだろうということも。

だから、その分後輩さん達の幸せを願っているよ、と後輩さん1本人に向けて伝えたけれど、心の底から、とは言えなかった。こんな私に(どんな思いがあったのか、正直書くと少し疑心暗鬼になったが)手を差し伸べてくれた子達の幸せを願ってあげられない自分がいた。それに気付いてひどい自己嫌悪に襲われた。これだから私は幸せになるべき人間じゃない。後輩達は、いい子だ。本当に本当にかわいらしくて私より有能で頑張り屋だし、恋人とも仲睦まじく微笑ましく感じる。親指と人差し指で測れる程度の嫉妬心を孕みながら。

いい子。いい子過ぎてつらくなった。だからみっともないことに電車内で私は泣き出してしまった。私も困惑したし後輩さん1も困惑した。「後輩2、ちょっと」と後輩さん1に声をかけられ顔をこちらに向けた後輩さん2も、私の様子にぎょっとして、どうしたんですかと聞いてきた。素直にあなたたちがいい子すぎて泣けてきたと告げながら私はボロボロと涙を流し続けた。とまらなかった。

ガチ泣き(笑)と後輩さん2に苦笑いされて恥ずかしさが頂点になったら逆に落ち着いてきて、涙もやっと落ち着いた。泣いて取り乱してごめんなさいと二人に謝罪すれば励まされた。どちらが先輩で後輩だったのか分かったもんじゃない。

「また機会があったら、会いましょう」

後輩さん2は続ける。

「タコパしましょう。ホットケーキのモトに苺を入れたやつ作ってみたい」

「ああ、やってみたいかも」

と後輩さん1が頷いたところで私の目的駅に到着した。本当ごめんね、今日はありがとう。ありきたりな挨拶をしていると後ろで年配のサラリーマンと女性乗務員が諍いをし始めた。後輩さん2に早く下車した方がいいですよと促され、それじゃあ、と言葉を残しそそくさと下車した。

もう少し情緒というか、なんだかそんな風なものを感じながら別れたかった、と一瞬年配のサラリーマンに苛立ったが、一瞬だったのでその苛立ちはすぐ消え、次に私はいい子な後輩達との会話を反芻した。

また機会があったら。機会はあるだろうか。期待したいけどあまり期待しない方がいいなと考えなから帰宅し、着替えて歯を磨きながら、改めて彼女らに挨拶をLINE上でしたためたのだった。